大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)380号 判決 1964年6月26日

上告人特許庁長官

佐橋滋

右指定代理人

玉川喜代次

網野誠

(旧商号新日本観光株式会社)

被上告人

株式会社はとバス

右代表者代表取締役

渡辺伊之輔

右訴訟代理人弁理士

結城重吉

主文

原判決を破棄する。

被上告人の本訴請求を棄却する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人玉川喜代次、同網野誠および同杉林信義の上告理由第一点について。

本件登録出願にかかる意匠は、いずれも、乗合自動車の形状および模様の結合からなり、旧第二〇類乗合自動車をその指定物品とするものであるが、原判決の確定した事実によれば、本件各意匠がその登録出願前すでに国内に頒布されていた新三菱重工ニユース第一〇号に登載された「ふそう」R二一型乗合自動車の引用意匠と異なる主たる点は、前者には、(イ)左右合計一四個の天窓が取り付けられ、(ロ)車体に(原審第五三号事件のものにあつては、車体両側の中央側窓の下に各一個、原審第五四号事件のものにあつては、車体背面中央窓の下方に一個、原審第五五号事件のものにあつては、車体前面窓の下中央部に一個、原審第五六号事件のものにあつては、以上の各箇所に合計四個)。被上告人会社の社章である鳩マーク(全高の三分の一強の長さに相当する直径の円を比較的細い線で現わし、その中に飛翔している横向きの鳩一羽を配し、上方に拡げた翼の一部で右円周の一部が掩われるようにし、円内一端に二重橋を示すかのような図形を現わしたもの。)が描き出され、(ハ)車体の前、背面および両側の窓の下方に右鳩マークの円周の線とほぼ同じ程度の太さの二重の直線(上の一本は鳩マークの円周の上端のあたりを、下の一本は右の円周の中央よりやや下方を、横に平行に走る。)が引かれており、(ニ)前輪が復輪になつているのに対し、後者には、右(イ)、(ロ)、(ニ)に相当するようなものがなく、また、右(ハ)の二本の横線のかわりに、側窓の下方に横に三本の平行した帯状の模様がほとんど相接して書かれている点であり、しかも、右(イ)の天窓は、車体両側の上部から上覆部にかけて並列し、いずれの窓もほぼ四角形で、辺の長さは縦横とも側窓の横幅より、やや短かく、隅に丸味をもたせたに過ぎないものである、というのである。

しかして、かような天窓の考案は、その個々についてはもとより、配列の状態と綜合してみても、本件各意匠を現わすべき乗合自動車、殊にこれに含まれる観光用乗合自動車にあつては、何人といえども、前示引用意匠に関する刊行物の記載から、特別の考案を要せずして、容易に着想実施し得べきものであり、その余の考案のごときも、部分的で軽微な相違に過ぎないものというべきである。従つて、原判決のように右天窓の考案が要部に存するものであると認めるにしても、本件各意匠は、全体として観察する場合、旧意匠法三条一項二号に該当し、新規性を欠くものと判断するのが相当である。

されば、本件各意匠の新規性を認めて抗告審判の審決を取り消した原判決は、旧意匠法三条一項二号ひいては同法一条の解釈適用を誤つたものであつて、論旨は、この点において、理由あるに帰し、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決を破棄し、被上告人の本訴請求の理由のないことは前叙の説示によつて明らかであるから、右請求を棄却すべきものとする。

よつて、民訴四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官奥野健一 裁判官山田作之助 城戸芳彦 石田和外)

上告代理人玉川喜代次、同網野誠、同杉林信義の上告理由

序論 <省略>

第一点 原判決は、本件意匠の構成部分中、公知であつて、かつ、極めて有り触れた形状の部分、何等考案力がない部分について、経験則に著しく違背して、これを考案力ありと解し、さらに、この部分が看者に明るく快適な印象を強く与えるものであると判断することにより、大審院の判決例に違反するとともに、旧意匠法第一条に規定する意匠の解釈適用を誤つたものであるから、判決に影響を及ぼすことの明らかな、重大な法令の違背があるものと言わなければならない。

本件意匠を構成する部分中、「天窓」に当る部分が、単に角形様の形状を横に普通に配列したものであり、何人といえども容易に着想実施できる、有り触れた態様のものであることは、つぎに示す判決例(昭和七年(オ)第二一二号、昭和十三年(オ)五七六号各判決参照)中に着想容易なものとして挙げられている事例をひくまでもなく、経験則上極めて明白である。また、このような形状は、この種の観光用乗合自動車には、国の内外を問わず、本件意匠登録の出願前より極めて有り触れて使用されている、公知のものであることも、参考資料第一号ないし第十号に示すとおり、明白な事実である(ことに、この参考資料第八号の一ないし六に掲示した乗合自動車は、本件出願の乗合自動車と同じ鳩マークを有するもので、写真中、乗合自動車の側上方には、本件の天窓が表わされている点で、重要な参考資料である)。

しかして、このように、容易に着想実施でき、しかも公知であるものが、意匠として、特に看者の注意をひくものでない部分であり、特別の考案を構成するものでないことは、経験則上よりするも極めて明らかであり、かつ、大審院の判決例も、つぎに示すように、古くから判示するところである。

昭和六年(オ)第二八七五号判決抜萃(昭和七年三月二十五日判決言渡)

「(イ)号図面並其の説明書に示す籾殻竈の意匠は所論の炉台炉胴補給胴其の他の結合より成る外形及焚口其他の突出部に於ける形状に於て本件登録意匠と異る点あるも前者の形状は従来竈の形状として公知に属すること顕著なるところなれは意匠として特に看者の注意を惹かす従て塵取形翼を共通にすることに因りて生する全体としての形状の類似性を阻却せすと認めたるものにして……」

昭和七年(オ)第二一二号判決抜萃(昭和八年二月二十七日判決言渡)

「両厨炉の形状を比較するに原審の確定したる事実に依れは両者共に炉台の上に円筒形の炉胴を連ね其の上に補給胴と上置とを鼓状を成す様重ね其の上に釜掛を置き補給胴の部分に相対する2個の塵取形翼を有するものなれは其の形状に於て相類似せるものと解するに難からす唯(イ)号厨炉の炉胴部分には焚付口又は薪投入口の設あり意匠登録に係る厨炉の該部分には斯かる設なきの差異ありと雖其の炉台には何れも灰掻口を具ふるものなれば炉胴の部分に焚付口等を設くる如きは容易に考案し得へきものに属し特別顕著性を有するものに非さるを以て両厨炉の全体としては相類似するものと認むるに難からす」(上告理由第三点末尾添附の図面参照)

昭和十三年(オ)第五七六号抜萃(昭和十三年九月二十七日判決言渡)

「本願意匠は形状普通の角壔形瓶の正面に別段の特異性ありと認め難き色彩を以て有触れた蛇の回形図形及波紋模様を重合して現はして成るに過きす。斯くの如きは其の着想平易にして特別の考案を構成したるものと認め難しとして其の登録を拒否したるものなり、然らは本願意匠は此の点に於て意匠法第一条に規定する登録の要件を具備せさるものなれば観者に美的印象を与へさるものなりや否やの如きは之を審理するの要なく又本願意匠か原審決の判示したるか如きものなるに於ては特別の考案を構成せさるものと認められさるにあらす。」

昭和十二年(オ)二四七〇号判決抜萃(判決昭和十三年八月十二日判決言渡)

「然れども意匠たるには審美的若くは趣味的印象を与ふるものたるを要すること所論の如しと雖も、之あるのみを以て足るものにあらず必ず「考案」たることを要するものとす。而して原審は本願意匠を以て「特別の考案を要せずして何人と雖も容易に着想実施し得べきもの」即ち「考案」にあらざる旨認定し此の点に於て本額は許容すべからざるものとなしたること判文上明白なれば進んで審美的若くは趣味的印象を与ふるや否やを判断することを要せず原審決に所論の違法なし」

昭和十三年(オ)第五七四号判決抜萃(昭和十三年十二月二十日判決言渡)

「然れども意匠たるには審美的若くは趣味的印象を与ふるを要すること所論の如しと雖も之あるのみを以て足るものにはあらず。必ず考案たることを要するものとす。原審は本願意匠を以て特別の考案を要せずして何人と雖も容易に着想実施し得べきもの即ち意匠法に所謂考案にあらざる旨認定し此の点に於て本願は許容すべからざるものと為したること判文上明白なれば、進んで審美的若しくは趣味的印象を与ふるや否を判断するを要せず」

しかるに原判決は、常識的に極めて有り触れた天窓の部分に、考案があると解し、看者の注意を引き、美感を起させる部分であると判断したものであるが、このような部分は、たとえ乗合自動車にほどこされた他の形状模様との関係を配慮しても、何等創意工夫の加えられた新規の考案であると言うことを得ないことは明らかであつて、この点において経験則に著しく違背するものと言わなければならないと同時に、上述のような多数の大審院判決例にも違反するものである。これは、旧意匠法第一条に規定する意匠の解釈を誤るものであるのみならず、後述第三点および第四点に挙げる要部観察全体観察をも誤らしめることにより、同法第三条第一項第二号の規定に違反する原因ともなつているものであつて、判決に影響を及ぼすことの明らかな、重大なる法令違背があるものであると判断せざるを得ない。

第二点 <以下省略>

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